【書評】人間狩り/犬塚理人(著)―恣意的な「正義」がもたらす混乱を秀逸に描いたサスペンス作

社会
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どうも、英司です。
最近、毎度毎度この書き出しのような気がしますが、更新が滞っておりすみませんでした。

書きたいテーマはいくつかあるのですが、なかなか筆が進まず(というか、筆に手が向かず)…。

ゴールデンウィークも例年は毎日のようにレジャーに出かけるなどしていましたが、今年はご周知の通り緊急事態宣言下の連休ということで、久方ぶりに小説を読んでいましたので今回はそのレビューをしたいと思います。レビューするのは下記の作品です。

「人間狩り」犬塚理人(著)

普段読書をする習慣はそれなりにある方なのですが、最近は専ら経済書や時事問題を取り扱うものが中心で、まともに小説を読んだのは2年ぶりくらいだったと思います。

ただ、時事問題を評論したような書籍に匹敵するほどに、現代社会に暮らす人々、特にSNSなどのネットを頻繁に利用する人々がよく目にするような現象をきっかけに、主人公たちが大きな事件に巻き込まれていく様子を描いた作品で、私も引き込まれるように読み進めて行った作品なので、ネタバレしないように気をつけながらもご紹介していきたいと思います。

物語の導入と簡単なあらすじ

この物語は、警視庁の監察係(警察の内部不正を調査する部署)に勤める白石という刑事を中心としたストーリーと、クレジットカード会社で督促の電話をするコールセンターで働くOL、江梨子という女性を中心としたストーリーの2つの視点を1章ごとに交互に展開していく作品です。

20年前の悲劇

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時は遡ること20年前―。

小学生の女児が殺害され、その眼球が両親の元へ送りつけられるという猟奇殺人事件が発生しました。その犯人として逮捕されたのは、なんと14歳の少年。残虐な犯行内容と、犯人が普通の中学生だったことは世間に強い衝撃を与え報道も加熱しましたが、更にそこに油を注いだのが犯人の少年が女児を殺害する様子をビデオに収めていたことでした。

このビデオテープの存在が世間に知れ渡れば、興味本位でビデオを見たがる人が騒ぎを大きくすることを恐れた警察は、ビデオの存在そのものを極秘としていました。しかし、警察内部の人間のリークによってビデオの存在が世間に知れ渡ってしまうことに。ただし、当時はまだ現在のようにSNSや動画投稿サイトのようなモノは存在しなかったため、警察はなんとかビデオの流出防止に成功し、犯人は裁判で裁かれることになりました。

ただ、犯人は少年法に守られ、実名報道は行われず「少年A」として報じられ、判決も到底犯した罪に釣り合わないほどに軽いものでした。このことは世間の怒りを買うも、徐々に事件は風化していきました。

現代社会に復活する「あの事件」

それから20年後の現在―。

社会はすっかり例の事件を忘れていた頃、当時の殺害の様子を収めたDVDがダークウェブ上のオークションサイトに出品されていることが発覚します。不幸中の幸い、すぐに警視庁のサイバー班がこの出品を発見したために警察によって落札されましたが、この騒動はどこかにマスターテープを所持している人物がいることを意味し、捜査関係者には緊張が走ります。

当時のビデオテープの持ち出しの記録を確認しても、マスターテープを持ち出せる人物は警察内部にしかいないことは確かであるため、警察内の不祥事の調査をする監察係の白石が本流出事件の調査に乗り出し、流出させた犯人の特定とマスターテープの回収というミッションに向けて動き出します。

ストレスのはけ口を求めていた普通のOL

一方同じ頃、新卒でクレジットカード会社に入社し、現在勤続3年目のOL江梨子は不本意な督促の部署に配属されていました。

督促の電話など、当然相手から歓迎されるものではありません。また、多くの場合電話をした相手は金銭的にも精神的にも余裕がなく、キツイ言葉を浴びせられることは日常茶飯事。その上直属の上司は少しデリカシーのないタイプの中年男であり、お世辞にも「良い上司」とは言えず、ストレスフルな日々を送っていました。

そんなある日、数日前に督促の電話をした男から江梨子宛に「カードを止められたことで娘の給食費が払えなくなり、娘は自分だけ学校で給食を食べさせてもらえず、それを苦に自殺してしまった。お前のせいだ!人殺し!」という難癖の電話がかかって来ました。上司や同僚も「そんなのはよくある腹いせの作り話だから気にしなくて良い」と言ってくれましたが、江梨子はどうにも事の真相が気になってしまい、眠れない日々を送っていました。

嘘であって欲しいと願うあまり、本当はいけないとわかっていながらも会社でその男の住所をメモし、次の休日その男の住所を訪ねて尾行をすることに。

実際訪ねてみるとそこは単身用の古びたアパートで、家族と住んでいた形跡はありません。しかし、何か事情があって別居しているのでは?と思い、しばらく男を追跡してみると、男には娘などおらず、それどころか男は生活保護を不正受給していること、精神科で詐病を使い無料でもらった薬を転売していること、転売で儲けたお金で未成年の少女を買春していることが明らかになります。

江梨子はそんな男に対して怒りを覚えるも、警察に通報すれば自分が職場から男の個人情報を持ち出したことがバレてしまうため警察に行くことはできません。だけど、なんとかしてあの男を懲らしめてやりたいと思った江梨子は、時々見ていたインターネットサイト「自警団」の存在を思い出します。

このサイトは名前の通り、悪事を働く人間を晒すことで「私刑」を与えることを楽しむサイト。江梨子はスマホで隠し撮りした証拠となる動画をつなぎ合わせ、このサイトに投稿することにしました。

すると、見る見るうちに当該の動画は各種SNSで拡散され、動画にある情報から「有志」たちによって男の個人情報が特定されていきます。今回は生活保護の不正受給や少女買春など内容が悪質だったため警察が動き出す事態となり、まもなく男は逮捕されることになりました。

この経験を通して江梨子は味わったことのないほどの高揚感を得て、自分は何かすごく世の中のためになることをしたかのような有能感、全能感を味わいます。そしてストレスフルな実生活から現実逃避するかのようにこのサイトにのめり込んで行き、サイトを運営する中年女性・弥生と、サイトで積極的に活動する龍馬と親しい仲になって行きます。

そんな折、参加した自警団サイトのオフ会で、20年前に起きた14歳の少年による猟奇殺人事件の話になりました。最近その殺害現場を収めたビデオがダークウェブで流出したことで20年越しに事件がメディアでも大きく取り上げられるようになっていることに加え、オフ会に参加するメンバーも、やや社会に対する正義感や不条理なことへの怒りの熱量が多いメンバーばかりなことも相まって、「当時14歳だった少年はもっと糾弾されるべき」だという話題で盛り上がっていきます。

自分が告発した男が逮捕されたことをきっかけに完全にこのサイトの中毒になっていた江梨子は、弥生、龍馬と3人であの事件の犯人「少年A」を特定し、私刑を下すことを企て始めます。

真実になかなか近づけない白石と、不可解な事件に巻き込まれていく江梨子たち

一方ビデオの流出元の特定を急ぐ白石は20年前の捜査関係者を当たるも、何度も捜査は振り出しに戻ります。

同じ頃、江梨子たちは「少年A」の特定に成功しますが、身辺で次々と不可解な事件が起き、恐怖に陥れられていきます。徐々に自分たちのしていることはとてつもなく危険なことであることに気づき始めますが、既に後戻りできないところにまで来ていることに気づき、不安に怯える日々を過ごしていました。この後、物語は佳境に入って行き、予想だにしない衝撃のラストを迎えることになります。

「正義」の高潔さと傲慢さ

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物語のあらすじはザッとこんな感じです。これより先はネタバレになるので、ぜひ購入して続きを読んでみてください。

この作品の巧みなところは、当初は無関係に思えた2人の人物の視点を交互に見せて物語を進めていくことで、各々が考えている「正義」というものが、高潔なものなのか、単なる自惚れなのか、見る角度によってその境界線がどんどん変化していく様を描いている点です。

この作品の登場人物は総じて正義感の強い人ばかり、正確には「自分は正義の側にいると信じて疑わない人」ばかりのように感じました。

主人公である白石は法やルールを体現した存在で、彼自身は絶対的な正義に従って淡々と真実に迫って行きます。一方で、ビデオの流出を企てた人物とその協力者も、その人なりの正義に従ったが故の行動であったことがラストに描かれています。

他、自警団サイトで活動する龍馬も、「正義」や「世直し」という言葉が大好きでよく口にしますが、これも彼なりの事情があってのこと。
既存のルールでは救いきれないような事情を抱えた人を助けるために法を犯してしまった弥生の勤務先の社長も、彼なりの正義心を持っていたのでしょう。

最も多くの人が感情移入できるのが、徐々にこうした「正義」の思想にのめり込んで行った江梨子ではないでしょうか。

ごく普通の名もなきOLだった江梨子は、無条件に自分を聖人君子のような特別な人間にしてくれる(そう錯覚させてくれる)「正義」や、その正義を根拠とした私刑の快感に溺れていきます。

また江梨子たちは、途中まで自分は絶対に正義の側にいて、自分が私刑を下される側、もしくは反撃を受ける側になることなど1ミリも想定していない点などはすごくリアルに描かれています。

「正義心」に取り憑かれた人間は、江梨子のような私人であろうと、白石の周囲に現れる刑事や元刑事のような公人であろうと、真実を曇らせて冷静さを失わせ、「正義のための悪事」を働かせるという側面を実に巧妙に描いています。

「恣意的な正義」が蔓延る現代社会をうまく描いている

この作品の面白いところは、各々違った価値観で判断された「正義」がぶつかり合うところだけではありません。各々が持つ「正義」に対する熱量と、その熱によって生み出されている有り余るエネルギーを冷静に観察し、その動力を自分の計画を実行するために巧みに利用しようとする人物が現れる点です。正義に取り憑かれた人間は実に利用されやすいというのもまた、「正義」のひとつの側面でしょう。

日本ではSNSが普及し始めた頃に東日本大震災が発生しました。SNSは震災下では情報インフラとして機能した反面、当時で言う「不謹慎警察」や「放射能デマを真に受けた人たち」などの人たちの正義の暴走を助長し、迷惑行為や混乱を招く光景を本当によく見かけました。

あれから約10年後に発生したコロナ禍においても、今度は「自粛警察」や「ワクチンに関するデマを真に受けた人たち」が現れ、彼らは自身の『正義心』を根拠に主張を繰り広げているため、どんなに客観的・科学的根拠を提示されてもそれらを陰謀論と一蹴し、自分の考えに反する人々への攻撃を繰り返しています。

また、こうした人たちの有り余る熱量の受け皿になろうと、本来であれば政治的左右関係なく取り組むべき公衆衛生の問題に過度な党派性を持たせた主張をする者や、金儲けを企む者が現れるなど、小説内で出てきた正義が与えてくれる全能感と、それによって生み出される有り余る熱量、そしてその熱量から発生する動力を利用してやろうと企む人間という構図は、現実社会でもそのまま当てはまります。

法律に瑕疵があってもそれに従うのが法治国家、民主主義社会のルール

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そしてもうひとつ本作品のキーになるのが少年法です。
作中の「少年A」は明らかに犯した罪に釣り合わない量刑でした。
現実社会でも少年法の是非は度々議論されていますし、少年法を殺人罪などの凶悪犯罪にまで適用することに対して、異論を唱える声はずっとあります。

ただ、法律のあり方をいくら理不尽に思ったところで、量刑を測り刑罰を与える権限があるのは公権力だけというのは私たちの暮らす民主主義社会の鉄則であり、少年法の是非を議論する自由はあっても、それが気に食わないからと言って過去の事件にまで遡り、私刑を下す権利は誰にもありません。

このような「私刑」を一例でも認めた途端、果てしない弱肉強食の世界への扉を開くことになります。力の強い者、カネを持っている者、武器を持っている者が気に食わない人間をいくらでも消すことができる世界を許すことになります。

SNS上でも、正義心に邁進するタイプの人の発言を見ているとこうした原則を見失っているように感じることがあります。善悪の判断を下すのは法律などではなく「自分の気持ち」であり、刑罰を与えるのは公権力ではなく「自分」である。と言った言動を取る人は、やはり一定数おり、こうした人々はほぼ例外なく自分は絶対に返り血を浴びない安全地帯にいると信じて疑いません。

作中に出てくる江梨子、龍馬、弥生も、少年Aの話になった途端、弥生以外はリアルタイムでほとんど知らない事件であるにもかかわらず「犯人は反省などしていないに違いない」「また凶悪な罪を犯すに違いない」「そんな人間を生かしておいてはいけない」「だから自分たちが私刑を下さなければならない」という話でどんどん盛り上がり、意気投合していくシーンが描かれています。

作中に描かれた事件はあまりに凶悪だったために、私としても気持ちの部分ではこうした描写に共感はしましたが、同時に「私刑」を認めようとする人たちの、その主張の持つ危険性への自覚の無さなどは非常にリアルに描かれていたと思います。

怒りの感情が増幅されやすい現代社会で生きる難しさ

全体を通して、本当にこの2021年現在の現実社会で起きているような出来事が随所に描写されていました。

特に今回のコロナ禍や昨年のアメリカ大統領選挙において顕著だったのが、自分の考えに沿った情報だけを選択し、それを支持してくれる人とだけ繋がり、その過程を通して思想がどんどん先鋭化・過激化していくと言った現象です。

作中に出てきた江梨子も、20年前に起きた事件の犯人の量刑が重かろうが軽かろうが、その犯人が今どこでどんな生活を送っていようが今の自分の生活にはまったく無関係であり、「正義」に取り憑かれる前の彼女であれば、ニュースを見てその瞬間は軽い憤りを感じたとしても数時間後にはそんなことも忘れて、普通に暮らしていたことでしょう。

しかし彼女の場合はインターネット上でその怒りを支持してくれる人たちと出会ってしまったことで、やり場のない怒りを増幅させていきます。そしてその怒りはついには犯人に「私刑」を下すことでしか解決できないまでに増幅していきます。

程度の差はあれ、こうした思想や主張の純化や先鋭化、その原動力となる怒りの感情の増幅が起きる機会は、特にSNSをやっていると出くわす機会が本当に増えたのではないでしょうか。

本作は扱っているテーマの重たさとは裏腹、1章ごとに白石と江梨子の視点が交代で描かれることもあり大変テンポが良く、普段読書をあまりしない人でもサッと読める作品だと思います。

文学作品としても、時事的なテーマを扱う作品としても非常にオススメですので、ぜひ機会があれば手に取ってみてください。

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